日本の俳優では類を見ない容貌である主演・須森隆文の顔が、途中からパゾリーニ『奇跡の丘』のアナーキーなキリストに見えてきて。後半から続く砂嵐吹き荒れる海辺は、さながら荒野のよう。やはりパゾリーニ『テオレマ』の父や、『豚小屋』のピエール・クレメンティが彷徨う地を想起させられます。『ぼくらの亡命』の登場人物には、これら映画にも通じる、社会通念に対する「否」の感情が無意識レベルで漲っているように思いました。生きていることすら周囲に気付かれない路傍の人々から、そんな感情が爆発していく。それが内田監督の、賢しらな見せ方を拒んだ上での切実な、現代への危機感なのだと勝手に想像しました。長くなったのでまた折を見て、同作の「愛」や「憎しみ」の有無の描き方から感じたことなども、呟きたいと思います。…
金子雅和 さん(映画監督)の感想
